2006年03月
2006年03月18日
アッチッチ文体復活します
10日付で書いた「YUTAKAのオシャベリ通信」のことをちょっとばかし補足しましょうね。
創刊号は昭和60年4月18日でした。
~創刊の口上~ という見出しの直ぐ後、こんな文章で始まったんです。
《 エー、へへへーーー。東西東西ーッ、なにかこう、晴れがましい感じであります。
昔からこんなことを、一度やってみたかったんですよ。
それでも、根が不精なもんですから、なかなか取りかからないままに、
年月がたってしまいました。 (中略) ひとえにワープロのおかげだと感謝しています。
(中略) とゆう訳で、このオシャベリ通信が、発刊のはこびと、相成った次第であります 》
思えばワープロ専用機の出始めた頃でしたねぇ~。
当時百万円近くしたワープロは自費で買えなくて、
富士通のオアシスプラザというサービスステーションで
機器を使わしてもらってたんですよ。 (>_<)
で、以下の見出し、~オシャベリの行方~、~春と萩原朔太郎~ となってました。
これ、なつかしいですね。この原点に戻ったBlogにしていきたいんです。
年月とともにJoeの文体も変化してきています。
この文体の名前、『アッチッチ文体』と当時の親友Sさんが名付けてくれました。
まさにそのとおり、あっちへ行ったりこっちへ行ったり、七転び八起き的な文体でした。
さ~てさて、どこまで戻れますかな・・・
創刊号は昭和60年4月18日でした。
~創刊の口上~ という見出しの直ぐ後、こんな文章で始まったんです。
《 エー、へへへーーー。東西東西ーッ、なにかこう、晴れがましい感じであります。
昔からこんなことを、一度やってみたかったんですよ。
それでも、根が不精なもんですから、なかなか取りかからないままに、
年月がたってしまいました。 (中略) ひとえにワープロのおかげだと感謝しています。
(中略) とゆう訳で、このオシャベリ通信が、発刊のはこびと、相成った次第であります 》
思えばワープロ専用機の出始めた頃でしたねぇ~。
当時百万円近くしたワープロは自費で買えなくて、
富士通のオアシスプラザというサービスステーションで
機器を使わしてもらってたんですよ。 (>_<)
で、以下の見出し、~オシャベリの行方~、~春と萩原朔太郎~ となってました。
これ、なつかしいですね。この原点に戻ったBlogにしていきたいんです。
年月とともにJoeの文体も変化してきています。
この文体の名前、『アッチッチ文体』と当時の親友Sさんが名付けてくれました。
まさにそのとおり、あっちへ行ったりこっちへ行ったり、七転び八起き的な文体でした。
さ~てさて、どこまで戻れますかな・・・


