2005年10月
2005年10月31日
蛇行する川

今日は俵万智さんの短歌で気に入った作品を見つけた。
・蛇行する川には蛇行の理由あり急げばいいってもんじゃないよと
『チョコレート革命』より
そうそう・・そうなんだよねぇ~、と思わず手を打ってアハアハ笑ってしまった。
カミサンが聞きつけて変な顔をした。
「なに~、どうしたの~大丈夫?」
「いや別に・・」 (ボケちゃいないよぅ~)と後半の言葉を飲み込んで、ボクはニヤリと笑う。
「変なの」
こういう話はあまり深入りしないほうがいい。
高橋義孝先生の「この日この時」と同じ思いじゃないか。 ほんとに・・
Joeがあちこちハシゴ酒するのも「蛇行の理由あり」といえるかな? そりゃ無理か・・
2005年10月29日
2005年10月23日
急ぐ旅でもあるまいに・・・

ドイツ文学者だった高橋義孝先生の著作「この日この時」の巻頭のエッセイを、ふと何気なく開いて読み直してみた。 いや読み直すというほどの大げさなものではなく、ほんの400字程度の短文である。 この文章には、著書と同名のタイトルがついている。
先生の弟子、作家山口瞳さんから言わせると相当の変人らしかったが、そういう山口さんもかなりな変人だったようだ。 この方々の仲間(といっちゃ変だが)はみんな変わっている。
TVドラマ「まぁだだよ」に描かれた「阿房列車」の内田百?、高橋義孝、「偏軒」という号まで自称した山本周五郎、それから「江分利満氏」の山口瞳と、作品を続けて読んでみると、「う~ん、なるほどねぇ」と肯かされるものがある。
繊細さを覆う頑固さがあって、骨があって、一見不躾のようでいて、その底には人間に対する深い愛情が沈んでいる。 でも、もし各先生方がそんな人物評を聞かれると、「てやんでぃ、べらぼうめ・・」といなされることは必至だな。 みんな実は照れ屋なのである。
残念なことに、もう四人とも故人でこの世にはいない。
この方々をボクは理屈なしに好きだ。
エッセイの話をせずに、脱線してしまった。 失礼・・
次のような内容である。
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2005年10月02日
ふるさとのうた
ゆめにあらずや 


さけたうべ うまざけたうべ
あゆたうべ わかあゆたうべ
ふるさとの わかあゆたうべ
ともどちと
かたりかたらひ
さけたうべ うまざけたうべ
かたらひて かたりかたらひ
うちつれて うたひさざめき
とほきひの
ことうたうたひ
さざめきて さんざさざめき
どよめきて どんどどよめき
かのとほき はるのひのごと
あもうたふ なもうたはずや
かもうたふ
みなうたふべし
はるのひは ながきといへど
このいのち ながからなくに
いまはただ うまざけたうべ
かたらひて かたりつくせよ
こゑかぎり うたひつくせよ
いざともよ
うたひかたれよ
ともはさる
ひとりふたりと
ひとはさる
さんさんごごと
さりゆけば ひもかたぶきて
ののはてに あかくおほきく
のこりびの きゆるがごとく
そらをそめ きへてゆかなば
ぬばたまの
やみぞきたらむ
とほきひの かのことはゆめ
わかきひの あつきおもひも
かたらひし かのこともゆめ
ことうたを うたひしもゆめ
さけたうべ ゑひなきせしも
おさなごひ うちあけしひの
かのかはの はやきながれも
まなかひに
みゆるといへど
これらみな
ゆめにあらずや
まぼろしの
ゆめにあらずや
うたかたの
ゆめにあらずや
ゆめにあらずや・・・
あゆたうべ わかあゆたうべ
ふるさとの わかあゆたうべ
ともどちと
かたりかたらひ
さけたうべ うまざけたうべ
かたらひて かたりかたらひ
うちつれて うたひさざめき
とほきひの
ことうたうたひ
さざめきて さんざさざめき
どよめきて どんどどよめき
かのとほき はるのひのごと
あもうたふ なもうたはずや
かもうたふ
みなうたふべし
はるのひは ながきといへど
このいのち ながからなくに
いまはただ うまざけたうべ
かたらひて かたりつくせよ
こゑかぎり うたひつくせよ
いざともよ
うたひかたれよ
ともはさる
ひとりふたりと
ひとはさる
さんさんごごと
さりゆけば ひもかたぶきて
ののはてに あかくおほきく
のこりびの きゆるがごとく
そらをそめ きへてゆかなば
ぬばたまの
やみぞきたらむ
とほきひの かのことはゆめ
わかきひの あつきおもひも
かたらひし かのこともゆめ
ことうたを うたひしもゆめ
さけたうべ ゑひなきせしも
おさなごひ うちあけしひの
かのかはの はやきながれも
まなかひに
みゆるといへど
これらみな
ゆめにあらずや
まぼろしの
ゆめにあらずや
うたかたの
ゆめにあらずや
ゆめにあらずや・・・
下のimageはふるさと土佐の いの町 仁淀川橋です


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